大切なものは

第 5 話


振り返った先、視界に映るのはキングサイズのベッドだった。
そのベッドの下の隙間、扉の位置からでは見えなかったその場所に何か違和感を感じ、近づくとその下を覗き込んだ。

「・・・こんなところに」

まさかベッドの下とは。あまりにもベタな場所だから、隠れるならまずそこだろうと誰もが思うだろうに。それに、彼ならそんなわかりやすい場所には隠れないと思った。いや、誰もそんな場所には隠れない。そんな先入観のせいで、手間取ってしまった。

「君なら、もっといい場所思いつくだろうに」

自分でも驚くほどほっとしたような声が口から洩れ、はっとなった。
これは彼を見つけたから出た声ではない。
ビスマルクに頼まれていた用事をこれで無事終わらせれる、暗殺騒ぎも誘拐もなく、ただ彼が寝坊していた。それだけですべてが丸く収まるから安堵しただけだ。眉を寄せ、自分の感情にいら立ちを感じながらも、そこに横たわる人物を見た。 こちらに気づくことなく寝息を立てているその人は間違いなく生きていた。
仰向けに寝ているので、その胸が上下している様子もよく見える。
それにしても、足音は聞こえなくても歩く振動は床に直接寝ているのだから気づきそうなものなのに、ラウンズとなり与えられたあの黒のマントだけをかけ眠る彼は、目を覚ます気配がなかった。これで皇子なのだから、やはりユフィとは違うなと思う。いくら毛足の長いじゅうたんでも床に直接眠るなんて、体を痛めるだろうに。だが、暗殺を心配した彼はこうでもしなければこの部屋で眠ることはできなかったのだろう。
・・・だが、警戒していた割に熟睡し過ぎじゃないか?
せっかく隠れ、相手を油断させても、これだけ爆睡していたら何も意味がない。
なんだかんだ言っても、結局ルルーシュも箱入りなのだ。
アッシュフォードという存在に守られ、生きてきたのだから。
こんな状態でよく黒の騎士団のゼロなんてやってられたものだ。 ブラックリベリオンで捕縛された彼の部下たちは誰も仮面の下を知らなかった。知られずに済んだのは運が良かっただけか、あるいはこの部屋とは違い、厳重な施錠のできる部屋で休んでいたのか・・・あるいはギアスか。まあ、考えても仕方のないことだと、スザクは手を伸ばした。

「ルルーシュ、起きろ」

ゆさゆさと、いささか乱暴に体をゆする。
だが、反応がない。

「ルルーシュ」

どれだけ爆睡しているんだ。
呆れてもう一度名を呼ぶと、ようやくその瞼が反応を示した。
ゆるゆると時間をかけて持ち上がる瞼。

「起きたか、ルルーシュ」

声に反応し、顔をこちらに向けた。
左側が黒く塗りつぶされて見え、一瞬息をのんだが、それが眼帯だとすぐに気が付いた。そういえばジュリアスは左目に宝飾品が付いた眼帯をつけていた。ギアスのある赤く染まった左目を隠すためなのだろう。今つけているのは真っ黒いシンプルな眼帯だった。布切れ一枚では、赤い瞳を隠すだけで彼の力を封じる力はない。無意味な布をはぎ取りたくなる衝動をおさえ、ルルーシュの反応を伺う。
半分ほどまで持ち上がった瞳は、こちらを見ているのか、まだ眠っているのか。まるで幼い子供のようなあどけない表情をこちらに向けたままそれ以上の反応を示さなかったのだが、その瞳が潤んで見えてスザクは眉を寄せた後、まさかと思い手袋を脱いだ。
そして、いまだ呆けているルルーシュの首に触れた。
熱い。
ほほに触れ、額に触れる。
掌が冷たくて気持ちがいいのだろうか、彼は猫のように目を細めた。

「こんなところで、そんなマントだけで寝るからだ」

馬鹿じゃないのか!?
せめてもっと暖かい服を・・・そこまで考えて、彼の服がほとんどないことを思い出した。毛布はベッドの上だし、バスタオル類も数はなかった。体を温められるものはなかったのかもしれない。
見た目は豪華な部屋なのに、足りないものが多すぎる。
それを今言ったところで仕方がない、まずはルルーシュをベッドに寝かせ、医者を呼ばなければ。呆けたルルーシュは自力で出てこないだろう。体を伏せたスザクは両手を伸ばし、抱えるようにしてベッドの下からルルーシュを出そうとしたが、その動作でなのか、ルルーシュははっと右目を大きく見開き、自由な右手でこぶしを握りこちらの顔面めがけて突き出してきた。
ルルーシュの攻撃など当たらないし、当たったところで大したこともない。難なくそのこぶしを避けると、彼は鋭い表情でこちらをにらんでいた。

「枢木、何をしている」

スザクではなく、枢木か。
友人設定だから、呼び名も前のままかと思ったが、そこは違うらしい。
そう、ここにいるのはルルーシュではなく、ジュリアスなのだ。
それが今の彼の設定なのだから、それに合わせるしかない。

「見てわからないか?君をここから出そうとしている」

言われて、ルルーシュは今自分がどこにいるか思い出したらしい。

「余計な世話だ」
「いくら呼んでも目を覚まさなかったのは誰だ」

スザクがここにいる以上、気づかない方がおかしいこの状況にルルーシュは一瞬困惑した表情を見せたが、再び冷たい表情に戻った。

「それは申し訳なかった。いらぬ手間をかけさせたな」
「そう思うなら出てきなよ。今、医者を呼ぶ」
「医者?何のために」
「君は熱を出している。その体で動き回られても困る」
「それこそ余計な世話だ。医者など呼ぶな」
「言っただろう、倒れたら困る」

体を起こし、ポケットから携帯を取り出す。
スザクが直接呼べる医者などいないため、ここはロイドかセシルに連絡を取り、その伝手で医者を呼ぶか、あるいはビスマルクに報告し手配をしてもらうか。今回はビスマルクの頼みで来ているから後者か。現状を報告すれば、後はやってくれるだろう。
ビスマルクにコールをしようとしたとき、不敵に笑う声がベッドの聞こえた。

「医者に毒を盛られ、私が死ぬほうがもっと困るのではないか?」

毒を盛られるのは当たり前のことだとでも言いたげな彼の言葉に、携帯を操作をする手が止まった。

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